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〜エンデバーFC名前の由来〜
 ご存じの通りアメリカのスペースシャトルの名前にはディスカバリー、エンデバー等使われていますが
古来、アメリカ等では冒険船の名前に好んで使われています。
言葉の意味からくるイメージが船の目的にマッチしているのでしょう。
創立者である吉田定司さんがドイツ語で響きのある名称を考えおられましたが、息子さんから
英語でも響きのある言葉があるとのことでエンデバーの名前が浮かびました。
日本語で『努力』、サッカーに限らず一人一人が自分なりに努力し頑張るということから採用されました。

 

エンデバーの変遷  
1992年11月 5年生以下で北コミにて練習開始
当初、吉田、青木、深見の3名で立ち上げ。初代代表は青木氏
 
1993年04月 5年生以下のチームで県へ初めて登録。当初は60名足らずのメンバー
練習会場は岩木小学校、北コミュニティーセンター講堂等で土日の活動でスタートしました。
直井、萬羽、高根、山田各氏がチームに参加されました。
 
1994年03月 5年生の交流試合を開催、延べ60チーム以上が参加し交流を深めた。
これ以降3月の交流試合はエンデバーの最大の行事となる。
 
1994年04月 春日部市 幸松SC主催ちびっ子教育リーグ(2年生)に参加
 
1994年03月 埼玉県草加市周辺チームで構成されたイースタンリーグ(5年生)に加入
 
1994年03月 イースタンリーグの関連リーグであるなでしこリーグ(3年生)に加入
 
1996年03月 第1回ちびっ子フェスタを開催2年生のための大会を立ち上げた。
 
1996年07月 第1回MINEカップ大会(6年生)を開催近県より12チームが参加
 
1998年04月 SICリーグを設立し埼玉県、茨城県、千葉県のサッカーチームに交流の場を提供する。
 
2000年11月 東葛リーグ6年生大会においてイーグルスと日立グラウンドで戦い1−1で延長戦になり
ましたが延長戦でも決着せずPK戦にて惜しくも破れ準優勝となる。
 
2001年04月 この年初めてエンデバーのちびっ子が100名を越えました。
 
2001年11月 東葛リーグ4年生大会において準決勝で柏レイソルに1−0で破れ3位となる。
 
2002年11月 十周年記念行事としてエンデバーカップ2002を開催
PKOピースボールに参加し世界の子どもたちに使用済みボールを送る。
 
2003年6月 千葉県大会4年生部でベスト4に残り3位となる。
 
2003年6月 消チャン号登場、保護者によるレクレーション開催
 
2004年12月 千葉県トレセンにエンデバーFCから6名選出される。
 
2005年2月 千葉県トレセン大会(5年生)野田トレセン準優勝(エンデバーFCより14名参加)
 
2006年8月 千葉県トレセンU12スペイン遠征にエンデバーFCから須賀君選出され遠征に参加
 
2006年9月 関東トレセンにエンデバーFCから須賀君参加(千葉県より6名参加)
 
2006年12月 ナショナルトレセン(U12)に須賀君が参加する。